━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━           ◇◆ 適応障害とアダルトチルドレン ◆◇ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ *今年、産業保健の現場で手にした診断書で多かったのは圧倒的に『抑うつ状態』、  そして『適応障害』でした。また『適応障害(抑うつ状態)』も多く拝見しました。  適応障害とはうつ病ではなく、抑うつ気分が職場や仕事で強く発現し部分的にうつ  状態となり、職場に適応できない自分に自己嫌悪を持ち、自分が情けないと思って  2次的なうつ状態となります。こころのエネルギーはそれなりに有り、好きな事は  できるが、就業への不安や恐怖が強く、逃げたいという感情が強く復職が長引くの  です。 *この適応障害の診断書が出た若い世代を診ていると、アダルトチルドレンという共  通する特徴があります。    アダルトチルドレンとは、元々はアルコール依存症の親のもとで育った子供のこと  を言いますが、最近では機能不全家族→親が親としての機能を果たしていない家族  や感情を抑圧された家族のもとで育った人達を言います。  機能不全家族とは、・両親が出来過ぎたエリートだったり・精神的に弱く不安定な親  だったり・子供を管理したがる過保護で過干渉な親だったり・超厳格な親のもとで  育てられたり・虐待を受けてきたり等々で、子供の頃から周囲に気を遣わなければ  ならなかった家庭のことを指します。 *このような家庭環境の中で育つ子供の多くは“いい子”になります。いい子を演じ  て我が身を守り、自分の感情を抑圧して我慢することで幼少期を過ごします。  自分が望むようにではなく、周囲の状況に反応して行動する自身を作り上げていき  ます。何事にも自分が主体ではなく周囲を主体に考えるようになり、そうすること  で自分の存在価値を見出すようになります。これが共依存です。    このような成育歴を持つ若者が社会に出て仕事をし始めると、非常に苦しむことに  なるのです。・自分の感情や考えを自分の言葉で表現できない・自己主張ができな  い・自分が何をしたいのか解らない・自分のことを大切に思えない・嫌な相手でも  嫌と言えない・素のままの自分に嫌悪感を強く感じる等々。これらが共依存的な考  え方です。  そして、ほとんどの人達が「反抗期が無かった」と言います。  また共依存的な思考は、世代を超えて連鎖して引き継がれます。 *私が顧問着任の前に既に休職に入っていたA君がいました。程なく2度目の休職と  なり、「適応障害」の診断書を持ってきました。その初回カウンセリング時に彼は私  の出方を慎重に推し量りながらも、「遅い反抗期が来ているんだと思う。この会社は  親の紹介で面接したし、これでいいのかなと思う。」と重い口を開き始めました。  少し経つと私は彼の合格点を得たようで、聡明な彼は流暢に話し続けました。  未熟で他責、強い不安があるのを打ち消すかのような過剰な元気さで自身をPRす  る典型的な現代型うつでした。  やがて、父親との確執を吐き捨てるような言葉で語り始めました。彼の口から「父」  という表現は無く、「むこうは」「あの人は」と終始他人言葉でした。  私は本人だけでなく父親にも会う必要があると判断し、当方ルームへ来所してもら  うように段取りをしました。お会いした彼の父親は、一流大学を出て有名な上場企  業の上位管理職をされていました。その立派なエリート父親は、困惑した様相で「息  子が何を考えているのかわからない。我が子なのにどう接していいのか全くわから  ないんです。」とのこと。  でも父自身が息子をそのようにした主因であることには、気付いていませんでした。  私はこの親子の、長く黒い時間の溝を垣間見た思いがしました。 *カウンセリングで支援を続け、センターでのリワークも開始しグループでの認知療  法も入り、9ケ月後に復職判定面談を迎えました。  その時、A君が作成してきた書面があります。  「まだ円滑とは言えませんが、コミュニケーションの基礎を教わったことで、無意  味に自分を責めたり、人の目を執拗に気にすることは減りました。出来ることを淡々  とこなし、分からないことは聞こうと思います。一人で抱え込み、激しい焦燥感や  極度の不安と直面する前に、誰かに助言を頂くことや、無意味に焦らず平常心を保  つことの大切さを自らの心に刻み込みました。  休職前までは、世の中の常識や正論、大義名分に則って“〜しなければならない”  といった強迫性の思考に悩まされていました。素直にアドバイスを聞くことが出来  ませんでした。今後は、自分の現状把握を怠らず率直に人の話に耳を傾けようと思  います。自分の意思を持ち、人の話に耳を傾けるといった簡単なことですが、これ  が何より大事なのだと改めて気付かされました。」 *すごい!立派な決意表明だね、と言うと照れながらもとても嬉しそうでした。  そして「人は平等なんだ。うつは誰でもなるんだ。リワークはいい経験でした。」と  語った後、「俺、たばこ止めたんだ。これは藤井先生に褒めて欲しいよ。」と言いま  した。親に褒められたことのない彼が、自分の欲する感情を自身の言葉で表現でき  るようになっていました。そこには以前のような揺らいでいる幼稚な若者ではなく、  地に足のついた青年の清々しい笑顔がありました。  辛い自身との対峙を乗り越えた今の彼なら、再度の休職は回避できると確信してい  ます。 *ここに慶應義塾大学医学部の白波瀬先生と千葉で開業されている仁和医院の竹川院  長先生の教示を紹介します。 ◇育て鍛える産業保健を  産業精神保健のゴールは精神疾患の寛解ではなく、メンタルヘルス不調により低下  した働く能力の再生・回復を支援することにある。@メンタル不調を広義の不適応  と捉えてA不調エピソードを振り返る作業を通して、適応のための課題を見つけ出  しBメンタルヘルス不調に陥った労働者がその課題を達成するのを支援し→「育て  る支援」Cそれによって彼らの働く能力の再生を図る→「鍛える支援」D更に段階  的に業務負荷を上げていく個別プランに基づいて、彼らが職場環境において実際に  働く能力を発揮できるよう支援する。働く能力の回復こそが、産業精神保健分野の  寛解である。(白波瀬先生) ◇病気という視点から職業準備性という視点へ  仕事に戻れるかどうかの判断は、その人の病気が治っているかどうかではなく、そ  の人の仕事に就く準備が整っているかどうか、という視点で行うことが大切。これ  が復職判断の視点である。(白波瀬先生) ◇幼少時から対人コミュニケーションが不良であり、強迫観念と常同思考が強く、周  囲に気を遣えない、同時に2つ以上のことが出来ない、不登校などの既往がある場  合には「発達障害」の可能性を考える。  派手な若い女性で気分の波が1日単位で変動し、更に過食やリストカットなどを繰  り返す問題行動があり、会社や周囲の人に他罰的な思考が強い場合は「境界性人格  障害」の可能性を考える。  周囲の人の顔色ばかり気にして自分の意見が言えない、非常に我慢強く、多くの場  合仕事依存に陥っている、機能不全家族(子供の頃から気を遣う家族)で育った、  業務内容よりも人間関係のストレスを認める場合は「アダルトチルドレン(共依存)」  の可能性を考える。(竹川先生) ◇私個人の経験ではよほどのストレスに暴露される状況、例えば身内の死(死別反応)、  癌告知(悲嘆反応)、事故や犯罪に巻き込まれる、DV、虐待、明らかな過重労働、  パワハラ、モラハラ等、誰もが不適応を起こすような特殊な環境でない限り、社会  人の適応障害の原因となる性格は、「共依存」「発達障害」「境界性人格障害」この3  つのどれかでほぼ説明できる。発達障害とアダルトチルドレンは合併がありうるの  で注意。(竹川先生) *産業現場では、明確な費用対効果を求められます。その第一線でカウンセリングを  していく責任は年々重大になってきているのを実感します。  来年も確かなエビデンスのある学術教示を学びながら、産業保健現場での臨床を積  み上げていきたいと決意を新たにしています。